②育児から見えたこと:お母さんが楽しい育児ってどういうこと?

こんにちは!口下手のための簡単な英会話教室、講師の大羽奈緒美です。

今日は、私が考える「楽しい育児」について気づいたことを書いてみることにしました。

考えるきっかけは、娘が車に乗らないこと、服を着ないこと

娘はだいたい1歳8か月ごろから、車に乗りたがらなくなりました。娘の気分が乗るまで、散歩したり遊んだりしていたので、だいたい毎回の乗車で30分~2時間かかっていました。もちろん、毎回お出かけのたびにうんざりしていましたが「子どもの好奇心を大事にしたい」というこだわりのせいでこんな有様になりました。次第に、娘は車に乗る前に追いかけっこをして遊ぶようになりました。きっと遊んでもらえる、というように学習していたんだと思います。

同様のことが、服を着替える際にも起こるようになりました。服を着替える前に、追いかけっこが始まってしまうのです。初めのうちは娘と一緒に追いかけっこをしていたのですが、車に乗るのも着替えにも時間がかかることに、私も主人もイライラが募っていました。

なんとか、ミッキーの声真似をして誘導したり、とにかく楽しい雰囲気で娘を乗せる方法を試してみるのですが、毎回それは違っています。「今日はよくても、次の日はダメ」。これは育児あるあるだと思います。つまり、1つの「これ」という解決方法ではうまくいかず、毎回試行錯誤する必要があるのです。これが毎日となると疲労感が半端ないです。

ちなみに、我が家では風呂上りのオムツをはかない事件に対して、ミッキーの柄のオムツ(しかも1番安いオムツ)に切り替えたら、自ら「ミッキーさんはく!」と言って、すぐにはくようになりました。しかし、1週間ほどでミッキーマジックは終了しました。私もしばらくは、ミッキーオムツに対して「今回はうまいこと作戦考えたなぁ…」と調子に乗ってしまっていましたが、見事そんな自尊心は打ち砕かれました。そんなもんです。

「車に乗せることや着替えなどの嫌な育児を、お母さん自身のあなたがどうやって楽しむ努力をしていますか?」

これを聞かれたときに「ハッ」と気づいたのです。

確かに私は「娘の楽しさ」に関しては全力で努力していたのに、「私自身の楽しさに関しては一切無視」だったんです。

そして、この質問を聞いてくれた方からひと言。
「子どもが楽しんでいるかどうかなんてどうでもいい。その(私)の嫌な波動、子どもに伝わる。」

子どもが楽しんでいるかなんてどうでもいい。
楽しんでいるかなんてどうでもいい。
どうでもいい。
どうでもいい。
どうでもいい。
いい。
いい。
いい。

お母さんが中心の楽しい育児

私は「子供が楽しそうにしてたら、自分も楽しいはず」いう謎の思い込みがあったんです。でも、子供が楽しかろうが、私が楽しくないときも山ほどあります。そこで、視点を「お母さんの私が楽しい」を1番に考えることに切り替えました。

命題「どうしたら、着替えと車乗せを私が楽しめるようになるか?」
答え「特にない!」

そしたら↑こうなりました。

「こう考えたら…」って発想転換や方法を考えても、なんかとってつけたような上っ面のエセポジティブになってしまうんです。だって、嫌なものは嫌だし、楽しくないことは楽しくないんです。

だから、代替案として「自分をめっちゃめっちゃめっちゃ褒める。そして、イチゴを1パック食べる許可を自分に出す。」というようにして、3月ごろから今に至るまでイチゴを毎日1パック遠慮なく食べ続けてやりました。「これがんばったら、きちんと自分を労う」って決めただけで、何か楽になったんです。

娘が2歳3か月になるこのころまで、子育てを楽しむというのは、単に気持ちや心持を変えることで「楽しむ」って決めるだけという精神論だったので、いまいちぼんやりで行動に落とし込めなくなっていました。また、前回の「①育児から見えたこと」の記事で書いたように、自分の「嫌」とか「辛い」感情にフタをして、楽しいとこだけ取りしようとしていたので、完全に無理がきていました。

「まぁ、子供と楽しいことやれてるかなぁ…そこそこ充実してるし…」が、楽しい育児だと思っていたんです。しかし「母である私がどうしたら楽しく自分らしくいられるか」、ということに対して、全力に努力することを怠っており、それには全力で対応する必要があると思いました。特に、具体的な行動に落とし込める仕組み(好きなものを食べる、美容にお金をかけるなど)を作っておくとよいなぁ…と思ったのです。

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